【寄稿】カジノは儲かるか

横山實(国学院大学名誉教授)

 

 日本経済新聞(南関東・静岡版)には、横浜の林文子市長の7月3日の定例記者会見の記事が掲載されました。それによると、林市長は「来場者から厳しい意見がいくつも出た。(市民のIR誘致に対する)懸念はよく理解しているが、一層理解が深まった」と述べたということです。説明会を主催した横浜市政策局の幹部たちは、4つの説明会のすべてにおいて、IR導入賛成の立場からの発言が一つもなかったことを、市長にきちんと説明したのでしょうか。もしそれをしていたのであれば、市長は、何を根拠として「一層理解が深まった」と認識したのでしょうか。

 アメリカの著名な社会学者であるロバート・マートンは、儀礼式という逸脱類型を指摘しています。文化的目標(カジノ導入の目標)を無視して、制度的手段(カジノ導入の手続き)に執着する下級官僚に、儀礼式という逸脱類型が広くみられるとしています。残念ながら、今の日本では、国レベルだけでなく、地方自治体レベルでも、行政の専門家である高級官僚までもが、自分の頭での思考を停止し、政治家の思惑を忖度して、儀礼式という逸脱類型で行動しているのです。

 今の政治家も経済界のリーダーも、井の中の蛙で、世界情勢をよく把握していません。もしアジアの情勢をよく把握していたら、採算が合わないカジノを、2025年ころに導入するという発想は出ないはずです。

 私は、「アメリカのトランプ大統領の圧力による日本へのカジノの導入―そのカジノは、一帯一路政策のもとにある発展途上国におけるカジノとの競争で、儲かるのか?」という英文を書き、その一部をフィリッピンのセブ市で開かれたアジア犯罪学会で報告しています。その報告での結論は、アジアでのカジノの展開を考慮すると、2025年頃に日本でカジノがオープンしても、儲からないということです。その理由の一つは、日本を含めてアジア諸国のカジノの主要な顧客は、中国人ですが、その顧客は、近い将来、減少するということです。すでに、アメリカとの通商摩擦で、中国の経済成長は停滞し始めています。また、高度成長の恩恵で、多数の中国人が海外に旅行して、爆買いしたり、カジノを楽しんだりしてきましたが、それは限界に近づいています。
2018年の中国の旅行収支は、2,400億ドルの赤字になっているのです。習近平政権が、この収支改善として、中国人の海外旅行の規制を強化したら、アジアにおけるカジノ客は激減するのです。

 他方、アジアの発展途上国は、観光産業の発展をめざして、カジノを含む統合リゾート(IR)の建設を活発に行っています。その一端は、2019年6月26日の日本経済新聞で紹介されています。その見出しは、「統合リゾート投資アジアで7兆円」「カンボジア、富裕層に照準」です。そこでは、カンボジアのプノンペンを根拠地にするカジノ運営大手ナガコープの会長の談話を紹介しています。ナガコープは、ジァンケットの手引きで、中国人の富裕客を取り込んで、「海外客、25年までに倍増」を目指しているのです。また、中国の一帯一路政策の下で急発展している、カンボジアのシアヌークビルでは、中国人客を対象にしたカジノが林立していますが、それは多くの弊害をもたらしています。その弊害については、下記のホームページをご覧ください(私は、英文でその弊害を詳細に説明しています)。

中国、一帯一路でカンボジアに投資加速 「第2のマカオ」誕生か(Newsweek 2018.01.03)

 ところで、2019年7月3日の日本経済新聞では、セガサミーは紙面半分の広告記事を掲載しています。その見出しは、「生まれ変われる舞台がある。その舞台は韓国仁川―」「ついに全施設OPEN」[未体験が揃う極上リゾート PARADISE CITY]となっています。事情を知らない人は、この記事の掲載の意味が分からないでしょうが、これは、韓国の企業と合同で建設したカジノ施設の宣伝なのです。なぜならば、このカジノ施設の主要な顧客は、日本人のギャンブル愛好家だからです。ところで、セガサミーは、仁川でカジノのノウハウを取得して、2025年頃の日本でのカジノ建設に参入するつもりでした。しかし、今では、新たにカジノを日本に建設する余力は残されていないようです。それどころか、2025年頃には、仁川の施設は魅力を増すための投資を続けていなければ、新設の日本のカジノに客を奪われて、破綻する危険さえ予想されるのです。経済成長がとまれば、カジノ客は増大しないので、陳腐化した施設は、破綻に向かうのです(2017年にマカオから撤退したクラウンが、その一例です)。

 安倍首相が表明しているように、日本では、きびしい制限の下でカジノが導入されます。そうであれば、顧客の秘密が守られ、マネーロンダリングなどの規制が緩い、カンボジアなどのカジノのVIP客を、日本のカジノが奪うことはありえないでしょう。
他方、中国では、外国で免許を受けているオンラインカジノを楽しめます。そこで、マニラでは、中国人を対象としたオンラインカジノ会社が林立しています。日本の若者は、ゲームを楽しむ延長線上で、海外で合法化されているオンラインカジノで賭けを楽しむようになれば、6千円の入場料を支払ってカジノにでかけて賭けを楽しむのは、少数にとどまることでしょう。いずれにしても、2025年頃に日本にカジノがオープンしても、それが経営難に陥ることは間違いないでしょう。皆さんは、どのようにお考えでしょうか。